• 33.VIN

DUGAT PY 13代の歴史に導かれた偉大なヴァン・ド・ギャルド

最終更新: 2019年5月9日



  • 1000軒近くの造り手が存在するコート・ドールにおいて、かならず十傑に名が上がるのがドメーヌ・デュガ・ピィだ。しかしそのワインを口にする機会はあっても、訪問が叶うことはまずない。偉大なワイン造りの謎を知りたくても、その門戸は固く閉ざされたままだ。

  • だが7月のある日、その門戸がついに開かれた。最初に案内されたのはドメーヌの裏手にあるクロ・サンジャックの畑。日が暮れない初夏の夕刻の太陽を浴びて、きらきらと光る緑の葉と、深みのある茶色が美しいフカフカの土。葉と土の色彩の絶妙なコントラストに、「生きているブドウ畑」を目の当たりにする。深々と深呼吸をしてみる。吸い込む空気も葉と土が生み出す美味しいものだ。この畑はグラン・クリュではない。でも畑に満ちるオーラとエネルギーは、けっしてグラン・クリュに引けを取らない。

  • これほどに美しい畑は、どのように育まれているのだろう。そして美しい畑から生まれるワインとは…。





美しい畑を可能にする膨大な手作業


ドメーヌのマダム、ジョスリーヌさんに畑を案内されていると、畑仕事を終えたばかりの当主ベルナール・デュガ氏が現れた。日に灼けた顔、握手したときの力強く大きな手。まさにヴィニュロン(注1)の風情だ。


「今行っているのは、パリサージュ(注2)とロニャージュ。自然に従い尊敬しながらも、自然にすべてを任すとブドウ畑は成立しないんだ。パリサージュをすることで、耕作がしやすくなる」。ちなみにロニャージュとは、夏期に伸びるブドウの枝先を剪定する摘芯(てきしん)作業。普通はトラクターの先にカッターを付けて、一気に切ってしまう。しかしベルナールは10ヘクタール余りの畑で、すべて剪定バサミを使って手作業で行う。


「トラクターを畑に入れると、せっかく耕して微生物が生きている土壌を踏み固めてしまうからね」とアッサリ言うが、ロニャージュをすべて手作業で行うドメーヌなど、ほとんどいない。これは本当に時間のかかる重労働だ。


「土壌を踏み固めたくない」という意志は一貫している。99年よりビオロジックに着手し、03年からはすべての畑がビオロジックで手入れされている。当然ながら除草剤などは使わないので、樹の廻りに生える不用な雑草は、鋤(すき)を使ってすべて手作業で取り除く。またシャンベルタンなどの1.5ヘクタールの畑は、トラクターより遙かに重量が軽い馬を使って耕作する。

「所有する畑の広さを考えると従業員は12名と多いけれど、手作業が多いからこれは必要な人数なんだ」。


一本一本のブドウの樹には、見事に6~7房の小振りなブドウしか実らせていない。これはマッサール選抜(注3)によるものだ。

「日々の観察により、品質の良いブドウを実らせる樹を選んで、採り木するマッサール選抜は膨大な作業だよ。ドメーヌは息子のロイックで13代目。13代かけて選び抜いたファミリーのブドウの樹が、私たちのワインを支えている。平均樹齢も65年と高く、自然に収量も落ちて凝縮するんだ」。

そこでビオロジックを実践して10年経った今、ブドウの変化を尋ねてみた。


「ブドウの果皮が厚くなった。果皮は良質なタンニンや、アロマ、色合いを与えてくれる大切な要素。風味により深みが出た」。収穫までの畑の仕事は、除葉(注4)や、ブドウの実に養分を運ぶ樹液の循環を良くする作業。

「8月にも私たちはバカンスを取らず、一年を通じて畑に立たない日はほぼない。仕事をすればするほど、改良すべき点が見えてくるからね」。また収穫時には、大事に育てたブドウを、ブルゴーニュでも最小の8キロしか入らない小カゴで運ぶ。ブドウを押し潰さないためだ。

「AOCブルゴーニュも、グラン・クリュも、栽培から運搬方法に至るまで、まったく同じ手入れをしているよ。それでもワインの味わいに違いが出る。それこそがテロワールなんだ」。ワインの原点が畑にあることを、彼の言葉と、目の前に広がる風景が雄弁に教えてくれる。




エネルギーが集まるパワー・スポットのようなカーヴ


デュガ・ピィのラベルにもデザインされている、11世紀のカーブと12世紀に建設されたカーヴに降りた。アーチ型の神秘的な天井、カーヴ特有のヒンヤリと冷たい空気。誰もが神聖な気持ちになる。とくに11世紀に建設されたカーヴは、エネルギーが集まる別格のゾーンなのだという。


「ビオディナミが天体や生命のエネルギーと深く関わっているように、このゾーンには不思議とエネルギーを集める力があるんだ。動物は自身にとってポジティヴな場所とネガティヴな場所を繊細かつ敏感に感じ取る能力がある。人間にはさほどそのような能力はないが、動物はポジティヴな場所をどんどんと探していく。

ある年、ジュヴレイ・シャンベルタンのキュヴェを、半分はこのカーヴで、半分はここから30メートル離れたカーヴで熟成させてみた。結果はまったく違うものになった。動物が感じ取れる類の自然のエネルギーが、このカーヴにはあるんだ」。


日本人にとっては、このカーヴに流れるのは「気」が近いかもしれない。 体の隅々まで澄んでいくような、静かな浄化作用があるのだ。この場所にゆっくりと留まっていたいと思う。パワー・スポットというような安易な言葉を信じない私でも、このカーヴの気は感じずにはいられない。努力を惜しまないヴィニュロンに、バッカスは最高のカーヴを用意していたのだ。


ヴィニュロンであると同時にワイン愛好家


プライベート・カーヴに案内された。ストックは5千本。3千本は55年からのドメーヌのワインで(本格的に自社瓶詰めする前のものもある)残りは国内外から買い集めたワイン。

ブルゴーニュならルーロ、コシュ・デュリ、ヴォギュエ、ルロワ、アンヌ・グロなどが揃い、海外では、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、カリフォルニアなど実に多彩だ。「カリフォルニアならジンファンデルが好き」という言葉を皮切りに、大好きなワインを語るベルナールは一ワイン愛好家の表情に変わる。


「娘の誕生日には、生まれ年の83年で祝った。ボランジェとクリスタルを開けたけど、クリスタルの素晴らしさといったら!熟成したシャンパーニュが好きだね。泡は弱くなるけど、シャルドネやピノ・ノワールを偉大なワインとして楽しめる。ボルドーも買い集めていたが、最近は高くなりすぎてやめた。とにかく素晴らしいワインは、すべて好きだね。

そこには真摯な仕事が詰まっている。一生懸命に働いた週末、美味しいワインを開ける。働くことは大切だけれど、喜びを得る時間も同様に大切だよ。家族や友人と分け合うんだ。特別なワインは、特別な機会に開ける。でもどんな時でも、飲むワインを評価したりはしない。ワインを飲むことは、あくまでも私たちの『喜び』なんだ。

最近飲んだ別格のワインは、DRCのグラン・エシェゾー03年。酷暑のミレジムが、美しさに変わっていて感激した」。

楽しそうにワインを話す彼の言葉は止まらない。ワインを愛する人が、ワインを造る。ワイン造りのエスプリだ。


1997年と2003年のマジ・シャンベルタン

畑の「血」を表現するヴァン・ド・ギャルドのスペシャリスト


普段、デュガ・ピィがヴィジットを受け容れることはない。「ヴィジットを受け容れることが大切なのは知っている。でも10ヘクタールの畑で、私たちが納得できる仕事をしようとすれば、それはできる限り畑に立つこと。ヴィジットに割く時間が本当にない。18年前にアメリカに行ったきりで、近隣のベルギーからの誘いも断っている。

世界中をプロモーションに駆けまわって成功している生産者もいるが、わたしたちはヴィニュロン。常に畑にいることが、今のワイン造りを可能にしてくれる唯一の方法なんだ。家を離れることは滅多にない」。


そんなベルナールとジョスリーヌが用意してくれた試飲のテーブルは、ボルドーの著名シャトーやシャンパーニュの大手メゾンと比類するくらい、グラスなどのセッティングが完璧で、かつ自宅内という暖かみに溢れたもの。「冷えたカーヴで立ちっぱなしで試飲するよりも、食事を楽しむように、ワインも落ち着いて飲んでいただきたいの」というジョスリーヌの心遣いだ。


試飲のワインは2種類。97年と03年のマジ・シャンベルタンだ。まずは世紀の酷暑で知られる03年から。カシス、サクランボ、軽くローストしたアーモンド。酷暑の年だが、フレッシュさがある。マチエール(注5)が豊かで、喉を通るときに、黒色に近いようなバラの香りが立ち昇る。ベルナールが言う。


「マジには常にミントを思わせるフレッシュさがある。バラの香りも特徴的。ミネラリーで、甘やかさや強さ、マチエールがあるが、攻撃的ではなくバランスが良い。私たちの畑は樹齢が高いので、根が地中深く這い、03年でも水不足には陥らなかった。03年は濃厚でブルゴーニュらしくなく、バランスの悪さから長期の熟成に向かない、という声も聞くが、そんなことはない。

今後も綺麗に熟成する。この年は特殊だったので、ごく少量の補酸をしたが、基本的に私たちは、必要最低限のSo2以外は何も入れない。ブドウから得られるものだけで造るヴァン・ナチュレルなんだ。よくワインを飲むと喉が渇くと言うけれど、添加物を入れていないワインは喉を潤してくれる。一杯、二杯と飲むにつれて、三杯目も飲みたくなるワインを造りたい。飲み疲れるようなワインは好きじゃないから」。


ジョスリーヌが言葉を添える。「醸造で人為的な介入を過剰に行うと、ワインはアンバランスになるの。若い時期は飲めても、熟成を経ると馬脚を現していくわ。素晴らしいワインとは、熟成によって調和やバランスが際立っていくものよ」。


次に97年。「収穫直後、難しかった天候推移などから、国内外のジャーナリストは『97年は長期熟成しない』と言った。私たちも樽熟成を24ヶ月行うなど、このミレジムの個性を引き出す工夫をした。結果として蜂蜜のような甘味と、赤いバラの香り、ほどよいボリュームや、調和と持続力がある。16年経っても魅力的なワインだ」。


そこでデュガ・ピィが持つ4つのグラン・クリュの特徴を尋ねてみた。 「シャルムは女性的。うっとりと心地よく、薫り高く、フローラル。4つのグラン・クリュの中では、もっとも近寄りやすい。マゾワイエールをシャルムとして売るのは、商業的だと思うよ。マゾワイエールはよりミネラリーで、よりタニックで、より男性的で、より長熟型。距離はシャルムと60メートルの隔たりしかないが、マロラクティック発酵が終わると、シャルムとはまったく異なる世界を見せてくれるんだ。


マジはシャンベルタンと似た性格を持っていて、ミントなどのフレッシュさ、フィネスと力強さを同時に併せ持つ、調和のワインだ。畑で正確に働くことで、よりその個性が発揮される。1910年に植えられた樹もあり樹齢が高い。人間も80歳を超えた高齢の人は大切に扱わないといけないように、注意深く手入れする。ブドウの樹に対する尊敬と、それを植えてくれた先代への感謝、そこで働くことの喜びを感じるよ。


シャンベルタンの樹齢は98年。植樹率が 1万4千本と高くトラクターを入れられないため、すべての作業を馬か手で行う。比類無き調和と、香り高さ、ミネラルと肉付きを兼ね合わせ、10~15年の熟成を経て、美食のワインに姿を変える。フィネス、緻密さ、強さがあり、女性的であると同時に、男性的でもある」。そしてこう付け加えた。


「私たちは、ヴァン・ド・ギャルド(注6)のスペシャリストでありたい。醸造では過剰な抽出などをしていないが、ワインは凝縮したものになる。なぜなら単純に、収穫されたブドウがとても自然に凝縮されているから。パワフルな若い時期に飲むのも良いけれど、できれば5年、10年、15年と待ってほしい。パワフルさがこなれて、ワインはテロワールの妙を表現するようになる。ジュヴレイ・シャンベルタンは、長期熟成可能なワインができる土地。ワインは畑の『血』だと思うんだ。つねに流動して生きているからね。私はそれを表現したい」。若いときに感じるデュガ・ピィの濃さは、ワインの長い生命力を見据えたものなのだ。




次世代へのダイナミズム


「あなたは完璧主義者ですね」と言うと、ベルナールとジョスリーヌは笑いながら「ノン、ノン」と手を振った。

「私たちの世代は、この土地でひたすら働くことしか知らないし、引退した父も今でも畑を見回るのが日課。でも息子ロイックは、もっと完璧主義者だよ。ロイックがドメーヌに参画したのは公式には96年だけれど、5歳から畑で遊ぶように働いていた(笑)。そのロイックは私たちと違って外の世界を知っているし、今はピエール・マッソン(注7)に師事したり、インターネットでもビオディナミを研究している。ロイックの存在は、私たちのような旧世代に、新しい風を吹き込むダイナミズムだね」。


試飲した部屋には、ベルナールが30回目の醸造を行ったときの記念の絵画が飾られている。「来年には、40回目記念の作品ができるよ」。ワイン造りは一年に一回しかできない。30回、40回と醸造をできるのは、「健康であること、パッションを持つこと。でも余りにも手作業が多いので、ジムに通う必要がないほど体は鍛えられているから、これからも素晴らしいワインを造りたいね」とベルナールは微笑んだ。


13代にわたる伝統と、世代が変わる毎にドメーヌに吹き込まれる新しい風、ダイナミズム。このドメーヌは、これからも飲み手の記憶に刻まれる奇跡のワインを造っていく。立ち止まることがない発見の連続なのだ。



  • (注1)ヴィニュロン ブドウ栽培者。もしくは自身が栽培したブドウを使ってワインを造る生産者

  • (注2)パリサージュ 整枝。勝手な方向に伸びた枝を、整枝用の針金に固定する作業

  • (注3)マッサール選抜 優秀なブドウの樹から、採り木して植え替える方法

  • (注4)除葉 ブドウの房廻りの葉を、光合成と風通しの良さを考慮しながら、取り除く作業

  • (注5)マチエール 直訳すれば「物質」。ワインでは「コク」などの本質的な充足度を指す

  • (注6)ヴァン・ド・ギャルド 長期熟成するワインのこと

  • (注7)ピエール・マッソン ワインに限らず、ビオディナミを追求する多くの農業従事者にとって偉大なコンサルタント



TEXT : Akiyo HORI

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