1855年にグラン・クリュ・クラッセの格付けを受けたワインが素晴らしい品質を誇っているのは、ワイン生産者たちの何十年にもわたる努力の賜物であり、それとともに、テロワールの秀逸さに負うところも大きい。テロワールとは、ラテン語の“テリトリウム”が語源のフランス語である。
しかし、この言葉は、単にブドウが育つ土壌だけにとどまらず、さらに多くのことを意味している。完成したワインに影響を及ぼした畑の個性とそれを取り巻く環境の全て…例えば、土壌、気候、日照など…を意味する言葉である。テロワールとは、瓶詰めされたワインと、それを造りあげた場所を結ぶ絆なのだ。
GRANDS CRUS CLASSÉS EN 1855《1855年格付け委員会の資料より》
蓄積された資料と情報
メドック格付けは、1855年パリ万博の際にナポレオン三世が、ボルドーワインの展示に必要だと考え、わずか15日間で作成されたと言われている。
当時既に、相当数のシャトーがワインを生産しており、到底2週間あまりで作成出来るものではなかった。そんな神業的な作業を可能にした背景には、100年以上に及ぶ、醸造家や仲買人、ワイン愛好家達の膨大な資料と情報が存在していたのだ。
格付けの要素
格付けをするにあたり、参考となったのがワインの価格である。それ故、商業的な格付けと思われそうだが、当時は、味わいはもちろん、風土や地質の価値がワインの値段に顕著に反映されていたため、価格=質と言っても過言ではなかった。
格付けの本質
現在、私達が目にしている格付けは、紐解けば悠に数百年の歴史がある。それにも関わらず、その形態はほとんど変わっていない※。それは、思いつきや偶然に作られたものではなく、何世紀にも及ぶ経験と知識に基づいたクオリティーの証明である。
数年や十数年の知識や情報で覆すことは容易ではない、まさに歴史そのものと言ってよい。
※1856年にシャトー・カントメルルが5級に追加された。
※1973年、シャトー・ムートン・ロートシルトが2級から1級に昇格した。
BORDEAUX GRANDS CRUS CLASSÉS EN 1855
中世
ボルドーテロワールの概念が始まる。ワインに村の名前がつけられており、価格は村ごとで決められていた。
17世紀
個々のシャトーという概念が出現する。当時のオー・ブリオンのオーナー、アルノ ー・ド・ポタンサックの商才により、イギリスでは、地区・村のレベルから特定の生産者に目が向けられるようになった。
18世紀
有名シャトー以外にも高値で取引されるワインが現れる。1600年代にイギリスで人気だったのは、グラーブのワインであったが、この頃になると、メドックのワインに桁外れの価格がつき、肩を並べられるワインはシャトー・オー・ブリオンのみとなった。
1800年代
ワイン愛好家のためのガイドブックが作られる。
1855年
パリ万国博覧会にてメドック格付けが発表される。
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