• 33.VIN

セロスがすすめる5人の醸造家



Domaine Jacques Selosse

貴方はどこで生まれましたか?

もし別のところで生まれ、別の場所で育っていたら同じようにはなりません。私にとって階級はありません。ただ個性の違う、平等なスパークリングです。



ジャック・セロス当主「アンセルム・セロス」とスパークリング=泡について語っていると、彼はこう切り出した。


「世の中には、まだまだ凄い醸造家がたくさん居て、彼らの造るスパークリングワインは本当に素晴らしい。紹介するので、是非一度、訪ねてみたらどうだろう」。

この提案こそが、今回の幸せな企画の始まりである。


シャンパーニュは、泡の世界での、いわずと知れた絶対の存在であり、老若男女を魅了し続ける、まさにスパークリングワインの頂点と云っても過言ではない。

そんな大成功を収めたシャンパーニュ地方の中でも、類い稀な偉才=異彩の煌きを放ち、名実共に世界のトップを走り続けるセロス氏がおすすめする醸造家とそのワインは、いかようなものなのか。

話を聞いた途端に、期待が膨らみ、否応なく心が高揚していった。


パリから南へおよそ200km、フランス中央部に位置するロワール・トゥーレーヌ。かつてフランスの首都であったトゥールを中心とする古城たたずむ有名な地方で、美しい景観からフランスの庭園と呼ばれている。ワインの生産地としても非常に優れており、冷涼な大陸性気候と、温暖湿潤な海洋性気候が混在し、土壌豊かな恵まれた地域である。


そのロワール・トゥーレーヌ地区のヴーヴレ(Vouvray)から「Domaine du Clos Naudin ドメーヌ・デュ・クロ・ノーダン」と「Domaine Huet ドメーヌ・ユエット」の2軒を。

さらにモンルイ(Montlouis sur Loire)から「Domaine François Chidaine ドメーヌ・フランソワ・シデン」と「Domaine de la Taille aux Loups ドメーヌ・ド・ラ・タイユ・オ・ルー」の2軒が紹介された。

北にヴーヴレ、南にモンルイとロワール川を挟んで、分かれているため、土壌に明確な違いが現れるのが、興味深い生産地である。

最後の1軒は、南フランス、コート・デュ・ローヌ地方の中腹から東に外れた、山々に囲まれた小さな村サイアン(Saillans)の「Jean Claude Raspail & Fils Domaine de la Mûre ジャン・クロード・ラスパイユ・エ・フィス / ドメーヌ・ド・ラ・ミュール」。地域としてはローヌ地方なのだが、ローヌのワイン協会には属さず、その一帯独自の原産地呼称(AOC)を名乗っている。


5人の醸造家はそれぞれに哲学や個性があり、限りなく深い、スパークリングワインの可能性を示してくれた。そして、ドメーヌ・ジャック・セロスを筆頭にした、6つの泡が織り成す甘美な世界は、新たなスパークリングワイン時代の幕開けである。




Domaine du Clos Gaudin

ドメーヌ・デュ・クロ・ノーダン


ワインはアルコールではなく、もっと芸術的なものである。


当主であるフィリップ・フォロウ氏(Phiilipe Foreau)は、セロス氏と同じような雰囲気を纏った人物であった。

ロワール・トゥーレーヌ、ヴーヴレ地区にドメーヌを構え、代々家族でワイン造りをおこなっている。


1980年からドメーヌへ入り、彼自身の最初の初作は1983年。優に30年以上もの間、この地区にて、ワイン醸造に携わっている造り手である。



シュナン・ブラン


この地域について尋ねると、真っ先に語ってくれたのは、シュナン・ブランという品種についてであった。


「シュナン・ブランは非常に繊細なブドウで、素晴らしいワインを造ることができるが、育てるのがとても難しいという一面がある。土地を知り、気候を読み取り、植え方や収穫方法を研究し、年間通して見守り続けて、ようやく実ってくる品種なのだ。けれど、辛口から甘口、スパークリングまでどれも格別な味わいを広げられる特徴は、それだけの心血を注ぐ価値がある。醸造家冥利に尽きる、と思わせてくれる品種だよ」



温暖化


育成が難しい品種だからこその悩みの中で、努力ではどうしようもない事もあるという。温暖化である。


彼の祖父の時代から比べて、収穫時期は既に20日以上早まっており、これ以上温暖化が進めば、ブドウは急速に熟しすぎてしまう。ヴーヴレのシュナン・ブランで造るスパークリングワインが失われてしまう可能性があるという意味だ。

それが10年後か50年後になるのかはわからない。それでも泡なしのワインは造れるかもしれないが、いずれにせよ難しくなる時期が、日々一刻と迫っていることは確かなようだ。



醸造家として


彼は醸造家になってから一貫して、※シャプタリザシオン(補糖)や※補酸、※バトナージュもしない、自然の作用にのみ委ねたワイン造りを徹底している。そして、彼はこう続けた。

「どんなに素晴らしいブドウでも、放っておくだけでは美しいワインにはならない。醸造家というものは、自然を尊重し伺いながら、特徴を引き出して良い方向へ導くための職業だよ。ブドウが携えた本来の美しい味わいを感じ取り、引き出すことが仕事なのだ」



セロスとシャンパーニュについて


「彼が土地やブドウの木を尊重し、農薬をやめることを世の中に広めてくれたのだと思う。その働きかけは真摯にかつ偉大なことで、多くの人が影響された。そして何より、彼の造るブドウは素晴らしい。最高峰と名高い白ワインに匹敵するブドウとワインだよ。しかし、気を付けなければならないことは、セロスのワインはシャンパーニュであるということだ。彼のワインをデキャンタする人がいると聞くが、それは大きな間違いだよ。泡を消したければ、ムルソーやモンラッシェを飲めば良い。泡がないシャンパーニュなんて、シャンパーニュと呼べない。泡こそが最も重要な味わいなのだ」


※シャプタリザシオン:補糖、フランスでは、果汁1リットルに対して30g以下の補糖が認められている。

※補酸:酸を形成すること。フランスではワインの個性を重視するため、補糖と補酸を同時に行うことは認められていない。

※バトナージュ:樽やタンク内のワインに蓄積された「澱」と「ワイン」を攪拌する作業のこと


Domaine Huet

ドメーヌ・ユエット


伝統を引き継ぎ、信念を引き継ぎ、新たな家族経営がはじまった。


創始者のガストン・ユエット氏から、娘婿となるパンゲ氏が後を継ぎ、パンゲ氏引退後、新たな体制となったドメーヌ・ユエット。ヴーヴレでドメーヌ・デュ・クロ・ノーダンとドメーヌ・ユエットの名前を知らない人はいないほど、圧倒的な存在感を放ち、敬愛されているドメーヌである。今回お話を伺えたのは、総責任者のジャン・ベルナール・ベルトメ(Jean-Bernard Berthomé)氏である。



伝統を引き継ぐ


ジャン・ベルナールは。、1966年8歳の時に父と共に、創始者のユエット氏率いる頃のドメーヌに移り住んできたと言う。1979年から働き始め、今日まで変わることなく、ここ一ヶ所で働き続けている。

「90年初めにビオ栽培から、更に厳しいビオディナミ栽培に変更しました。醸造方法などはほとんど変えず、創設した頃から使われている昔からの伝統を引き継いでいます。栽培はテロワール=土壌を活かすため、農薬や肥料などの化学薬品は一切使いません。ブドウ本来の味わいや香りを尊重するため、醸造の時に新樽は使わずに、30年ほど経過した樽を使い続けています。そして、私が居ることで、創設時からの変わらぬ味わいを今も守り続けています」



信念を受け継ぐ


現在、中国系アメリカ人がオーナーとなり、ドメーヌの全てが引き継がれることになった。それに伴い、現オーナーの娘と息子が切磋琢磨しながら、ドメーヌ経営をおこなっている。共同経営やスポンサーのような体制をとるのが一般的なのにも関わらず、何故この様な形に、と疑問をぶつけると。

「2012年もパンゲ氏も一緒に経営していましたが、現在は全て別の家族の持ち物となりました。このドメーヌは全てを家族でおこなうことがとても大切な信念なのです。創業者であるユエット氏の考えは、家族でこそひとつのものをしっかり守り続けられるということでした。家族経営が彼の希望であり、その信念をパンゲ氏も受け継ぎ、守り抜いた形としてのオーナー譲渡という事なのです」



セロスとシャンパーニュについて


「彼はまさにシャンパーニュのヒーローだね。現代化や近代化が物事を簡潔に、時に無機質にし過ぎてしてしまう中、彼が醸造家の先頭に立ち、忘れ去られそうな伝統を繋ぎ守っていく。彼は新たな試みをたくさんおこなっているが、それはワインの本質を変えるような現代化のようなものではなく、美しいテロワールと美しいブドウを表現する為にしていることなんだと思う。シャンパーニュとヴーヴレは全く別の個性です。比べられるものではないけれど、テロワールを感じさせるシャンパーニュもヴーヴレのスパークリングも世界最高峰のワインであることだけは間違いない」


今は、ジャン・ベルナールによってドメーヌ・ユエットの伝統と信念は、受け継がれ守られている。

これからも変わらぬ味わいで、私達を魅了し続けてくれるであろう。


日本のあらゆるサイトにおいて、Huetはユエと表記されてましたが、現地フランスではユエットと呼ばれ、本人達もユエットと発音していました。フランス語では、最後の子音は発音しないのが原則なのですが、例外も多い言語であり、現地の発音を尊重して、本誌ではユエットと表記することに決定しました。




Domaine François Chidaine

ドメーヌ・フランソワ・シデン


優劣ではなく、それは個性であり、違うというだけなのだ。


今回の特集の5つのドメーヌの中で、唯一、ヴーヴレとモンルイ両方のスパークリングを造っている醸造家、フランソワ・シデン(François Chidaine)氏。ロワール川を挟んだ北と南の全く違った地質を知り得るには、彼以上に知り尽くしている醸造家はいないであろう。



地質の違い


ロワール川を挟み北にヴーヴレ、南にモンルイと、距離は約1kmと近いが、地質は、ヴーヴレが粘土石灰質で、モンルイが粘土シレックス(火打石)と、全く異なっている。その理由は土壌の成り立ちにあるのだという。

「ヴーヴレはロワール川によって、成り立ってきた土地です。一方のモンルイは北に流れるロワール川と南側を流れるシェール川に挟まれていますが、シェール川によって培われた土地なのです」



味わいの違い


この2つの地域は、シュナン・ブランという品種のみでワインを造ることが認められている。シデン氏曰く、シュナン・ブランはスパークリングを造るのに適した、理想的な品種なのだそうだ。そしてこの訪問で興味深かった、テロワール=土壌違いによって、味わいがどのように異なってくるのかを聞いてみた。

「面白いくらいに、全く違った味わいになりますよ。ヴーヴレは広がりが大きく豊かで力強い。若いときはアロマティックなことも、特徴ですね。モンルイはきめ細やかでクリスタルにような透明感があり、エレガンスで女性的である。本当に真逆の性質を持っていると思う」



メソッドの違い


ヴーヴレはペティアン、モンルイはメソッド・トラディショナルで造られている。その理由を尋ねると。

「ペティアンは発泡が繊細なため、力強いヴーヴレに軽さやエレガンスを持たせたいと、逆にモンルイは既に繊細さやエレガンスを持ち合わせたワインなので、強目の発泡となる※メソッド・トラディショナルを用いています。どちらが特別という事ではなく、それぞれのテロワールをより深く表すための違いです」



セロスとシャンパーニュについて


「彼は既に素晴らしいレベルの造り手に達しているにも関わらず、未だに何かを探し求めている。テロワールが何をブドウにもたらし、それを醸造でどう表現するかを明確にし、より深いところまで見つめている。私も同じ精神を持って、ワインと向き合っています。私はまず素晴らしいワインを造り、そこに泡が生まれることによって、今までよりさらに素晴らしいスパークリングワインにしようと探求しています。ここでは、ブドウ品種はひとつに限られ、シャンパーニュとはブドウもテロワールも異なるけれど、それは個性や表現の仕方の違いであって、目指すベクトルは同じなのだと感じています」



※メソッド・トラディショナル:シャンパーニュと同じ方法で醸造すること。当初はメソッド・シャンプノワ(シャンパーニュ方式)と表記されていたが、近年、メソッド・トラディショナルに変更された。


Domaine de la Taille aux Loups

ドメーヌ・ド・ラ・タイユ・オ・ルー


3つの「0(ゼロ)」が造り出す至高のスパークリング


ドメーヌ当主ジャッキー・ブロット氏(Jacky Blot)を思い浮かべると、とにかく大きな人という印象である。実際に、身体も大きく、声も大きいが、何よりも彼が発する熱波のような情熱が、ことさらに彼を大きく印象付ける。



トリプル・ゼロ


彼のドメーヌを代表するスパークリングワイン「トリプル・ゼロ(Triple Zero)」は、※「ゼロ・シャプタリザシオン」、※「ゼロ・リキュール・ド・ティラージュ」、※「ゼロ・デクスペディシオン」の3つの「0(ゼロ)」が由来になっている。当初は、ペティアン・ナチュラル・ノン・ドゼと名付けたそうだが、フランス人以外に意図を理解されずらかった、という理由で改名したのだと、またもや大きく、轟き笑いながら教えてくれた。


「ワインを造るために必要な糖分は既にブドウがたっぷり蓄えているんだから、何か加えるなんてとんでもないんだ。畑から生まれたまんまのブドウだからこそ、愛でられるスパークリングワインになれるんだよ」



テロワールのレクチャー


彼に連れられ畑を見て回ると、そこにはゴロリとした巌の塊のような、どこよりも野太いブドウの木々が威風堂々と並び立っていた。

「樹齢100年のブドウの木で栽培をしているんだよ。一番年月を経たものは120年にもなる。テロワールをより表現するためには、地中深くに蓄えられた様々な養分をブドウが吸い上げる必要がある。その情報をキャッチし伝える役割を担うのが、ブドウの木の根っこ。時間を掛け、ゆっくりと、より深くにアンテナを伸ばした古木の根っこがなくては、私のワインは完成しないんだよ。素晴らしいワインを造るためには、ブドウの実も醸造家の私も、テロワールのレクチャーを受けなければならないと思う」



セロスとシャンパーニュについて


「私はシャンパーニュで大好きな生産者が3人いて、彼はその内の1人だよ。確か同じ世代だと思うが、どこかに到達したと思っていないことが本当に素晴らしいよね。常に始めたばかりの頃の、初々しい気持ちを忘れず、成し遂げたなどと微塵も思っていない。より良くすることを常に考え、動き続けているよね。私のスパークリングをどこかと比べたいと思ったことはないけれど、喜びを感じられるワインという点においては、同じなんだろうな。私は、モンルイのスパークリングを造りたいのであって、どこかの泡に似せたいわけではないからね」


驚くことに、このドメーヌは彼が創始者であり、元々はブドウのクルティエ(仲買人)をしていたのだ。しかし、数々のブドウを見てきたからこその経験が、今に繋がっているのだと彼は言う。

熱波のような情熱とブドウの目利き、そしてワインをこよなく愛する彼だからこそ、この至高のスパークリングは誕生したに違いない。



※ゼロ・シャプタリザシオン:発酵前、または発酵中のブドウ果汁に糖分を加えない

※ゼロ・リキュール・ド・ティラージュ:瓶内二次発酵のための糖と酵母を溶かしたリキュールを加えない

※ゼロ・デクスペディシオン:瓶詰め時の甘味調整用のワインを加えない


J.C.RASPAIL et Fils Domaine de la mûre 

ジャン・クロード・ラスパイユ・エ・フィス ドメーヌ・ド・ラ・ミュール


ビオ発祥の地ドローム。ビオの町から生み出される甘美な泡。


コート・ド・ローヌ地方からさらに東にあるドローム地域サイアンに本拠を構えるジャン・クロード・ラスパイユ・エ・フィス / ドメーヌ・ド・ラ・ミュール。4代目のフレデリック・ラスパイユ(Frédéric Raspail)氏とその父ジャン・クロード(Jean Claude)が暖かく出迎えてくれた。険しい山々に囲まれた人口1000人の小さな村はビオ渓谷とも呼ばれ、フランスのビオ発祥の地である。



98%がスパークリング


この地域ではクレレット・ド・ディとクレマン・ド・ディの2銘柄のみが原産地呼称(AOC)を名乗れ、ブドウ品種はクレレット、ミュスカ・ア・プティ・グラン、アリゴテに限定されるのだと言う。

「この地域で造られているワインは98%がスパークリング。シャンパーニュのように泡に特化した地域なんです。ビオ発祥の地ですから、自然に対してとても敏感なので、ワインに限らずほとんどの農産物がビオで生産されていますよ」



セロスのお気に入り


100%ミュスカで造られたクレレット・ド・ディを、必ず試飲してくるようにと指示を受けたことを説明すると。「Clairette de Die Grand Tradition(クレレット・ド・ディ グランド・トラディション)ですね。彼が大好きなスパークリングワインなんですよ。紀元400年から続く※La Methode Dioise(Ancentrale)(ラ・メソッド・ディオワーズ / アンソントラル)という最も古い発泡ワインの製法で醸造しているんです。非常に残念な話ですが、近年はクレレット・ド・ディを大量生産向けに造る醸造家が多く、いろいろなことや大切なことを簡略化させてしまっています。僕らが唯一昔のままの手間を掛けた醸造をおこなっていて、セロスもそれをわかっているからこそ、僕を紹介してくれたんだと思います」



セロスとシャンパーニュについて


「僕はシャンパーニュ地方・アヴィーズの醸造学校に通っていたんです。彼に初めて会ったのは教室で、講師と生徒でした。シャンパーニュの名立たる醸造家ともずいぶん会ったけれど、彼はその中でも一際個性的で、誰よりも先を走っていました。情熱的で視野が広く、そして好奇心旺盛。彼との出会いがあるからこそ、今の僕があります。刺激された素晴らしい出会いでした。クレレット・ド・ディは甘口スパークリングで、アルコール度数も7.5%~8%とシャンパーニュとは全く別物です。僕は、シャンパーニュと同じ方法で、シャルドネのブラン・ド・ブラン・スパークリングを造ってみたり、シャルドネやシラーのワインを造ってみたりしています。それは、AOCを名乗ることも許されないテーブルワインになってしまうのだけど、こういう挑戦や試みがまさに、セロスがシャンパーニュの地でおこなってることと同じ精神なのだと思うんです」


※La Methode Dioise(Ancentrale)(ラ・メソッド・ディオワーズ / アンソントラル):醗酵途上のワインを瓶に詰め、密閉し、残りの醗酵を瓶内で行う。メソッド・リュラルとも呼ぶ。


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