• 33.VIN

泡のむこうに見えるもの



33.VINの創刊準備号に登場してくれた最初の醸造家が、ドメーヌ・ジャック・セロス当主「アンセルム・セロス」氏であった。

取材当初、リューディ・シリーズ全6本がリリースをしたのと、時ほぼ同じくした事もあって、お互いの新たな挑戦が有機反応を起こし、濃密かつ味わい深い内容を醸し出した特集となり、まさに33.VINの財産(シュブスタンス)となる出会いになった。

あれから約3年。再びアンセルムに取材を申し込んだ。



ジャック セロスって?


1950年頃にブドウ苗木業を営んでいたアンセルムの父、ジャック・セロス氏が創業した、シャンパーニュ地方アヴィーズ(Avize)村のドメーヌである。


最初のワイン醸造は1964年。1974年にブルゴーニュ・ボーヌの醸造学校から戻ったアンセルムとその妻コリンヌがジャックの跡を継ぎ現在に至る。

1986年から木樽での醸造を始め、93年には全てのワインを木樽で醸造するようになる。86年当時、シャンパーニュではまだ木樽での醸造は一般的ではなく、アンセルムの考え方や醸造方法は前衛的過ぎるという意見から、周りの醸造家達は彼を変人扱いしたという。

1996年からはビオディナミ農法に着手し、自然のままの土壌・畑を尊重するワイン生産が世界的に広まるきっかけを作った。さらに、リューディ=畑の最小区画・最小単位での単一区画・品種の醸造に着目し、安定性と味わいの均一性を重んじるシャンパーニュ地方の中で、テロワール=土地の個性を表現するワイン造りをスタートさせたのです。2012年9月に、待望の6つのリューディ・シリーズ全てが出揃った。



アンセルム セロスとは。


シャンパーニュ地方で名実共に大成功をしている醸造家、ワイン界のスーパースターであろう。


創刊準備号にて、チャレンジ精神とそれを実行し続ける勇気、既存を越えていこうとする革命精神を兼ね備えた人物像を称して、彼のことを「カリスマ」と表現したが、3年経った今も、その印象は変わらない。しかし、それは、彼の経歴や偉業を垣間見た結果の印象に過ぎず、彼と何千、何万と交わした言葉や彼のシャンパーニュを口に含んだ瞬間の得もいわれぬ感覚の表現とは言えない。


本当に知ってもらいたいのは、等身大の彼のこと。彼のことを聞かれたら、間違いなくこう言おう。

アンセルムは、ワインもワイン好きの人も大好きで、真摯にかつ情熱的に惜しみなくワインのことを語ってくれる。そして、彼のシャンパーニュは人を幸せにしてくれる。いつだって、感動を与えてくれるシャンパーニュだ。そんな、魔法がかかっているようなワインを造れる、稀有な素晴らしい農業家であり、醸造家なのである。



2012年夏、我々は日本国内初となる、リューディ・シリーズ6種を味わうワイン会を主催した。

初々しい味わいながら、無限に広がる可能性を秘めたシャンパーニュに、参加者全員が戸惑いながらも、賛美する感嘆の声を上げた。

あれから3年、6本のキセキのシャンパーニュはどう進化したのだろう。生みの親アンセルムに語ってもらった。



変わらないもの、変わるもの


そもそも、ブドウとは大地の恵み「テロワール」と天の恵み「クリマ」が織り成されて生まれるものです。

テロワールは、悠久の時を経て培われた土地の個性で、毎年変わらぬ本質となります。一方でクリマはその年、その年、気温や風雨の強さ、湿度などが変わることにより生まれる、年ごとの個性です。

この変わらないものと変わるものが1つのブドウを作っているのです。それをそのまま醸造した場合、ミレジメと言われる、土地の個性を出しつつ、その年ならではの個性を存分に発揮したワインとなります。しかし、私はその不変の本質テロワールへ多大な興味が湧き、その個性を存分に発揮したワインを表現したいと思い至ったのです。



テロワールの個性


テロワールを表現するためには、年ごとの個性を穏やかにすることが、重要となります。複数の年代のワインを同等かつ緻密に、そしてゆっくりと溶け込ませることによって、年ならではの特色が霧散し、土地の個性が自然と輝きだすのです。

このテロワールの味わいは、人間がアッサンブラージュ(混ぜ合わせること)のような技法を使って意図して造り出せるものではないため、ソレラシステムで長い年月を掛けて醸造しています。



ソレラシステムではない


リューディ・シリーズは、細かな区画限定、単一品種で造られるため、本来はソレラシステムで土地の個性を表現したいところだが、まだ歴史が浅いので、現在のところVin Perpétuel(ヴァン・パーペチュエル)と言われる方法で醸造しています。

樽の中に入った全てを瓶詰めせず、新しく追加されるブドウ分の量だけを抜き取り、ワインにするのは、ソレラシステムに近いです。

年によってブドウの収穫量が異なるため、若干違いはあるけれど、おおよそ30%が瓶詰めされ、樽に残された70%のワインは、新たに追加される30%と混ざり合うしくみになっています。

このしくみで造られるリューディ・シリーズは、言わば、年の個性が30%表現されている状態となります。


ちなみに、より複雑な構造のソレラシステムで造られるシュブスタンスは、1986年からのワインを2段階(階層)で、新たに追加されるワインと混ざり合わせるため、最終的に、年の個性はたったの4.8%にまで抑えることが出来るのです。

今はまだ、年の個性のむこうに見えるテロワールの輝きだが、年を重ねる度、明確に表現されてきています。





Lieux Dits Series リュー・ディー・シリーズ

3年前に表現した各ワインの一言も概ね変わってはいません。


Chemin de Châlons シュマン・ド・シャロン=Epanouissement(開花)

常にアタックがまろやかで深みが押し寄せてくる感じは、毎年必ずそこに咲く花のように、安定しています。

 

La Côte Farron ラ・コット・ファロン=Suc(エッセンス・汁)

乾いた花の感じがする時やエピス(スパイス)やミュスカ、薔薇のニュアンスが際立つ時とエッセンスが多種多様な印象があります。

 

Les Chantereines レ・シャントレンヌ=Complexité (複雑)

私はこの畑を、アヴィーズ村でずっと所有しているため、非常に良く理解しています。このテロワールは全ての味わいが複雑に絡み合い、凝縮しています。

 

Le Bout du Clos ル・ブッ・デュ・クロ=Pyramides(ピラミッド)

逆さまのピラミッドという意味です。まず横に広がって、その広がりを残しつつ、深く下がるというイメージです。ここのテロワールは凄く反応が素直なため、シリーズの中でも表現しやすいワインです。



Les CarelleとSous le Mont



レ・キャレルとスー・ル・モンには特に思い入れが強いです。2つとも本当に個性が強く、苦労しました。この2つに関しては、一言の表現にも変化があります。


Les Carelles レ・キャレル=Verticalité (垂直)

これには、Pierre(石)という単語を付け足して欲しい。率直に言ってしまえば、ムルソー・ペリエールのシャンパーニュというイメージです。ワイン名のペリエールもキャレル(キャリエール)も両方とも石という単語が由来しています。

泡にエッヂが効いていて、骨格もしっかりとしているため、男性的な印象を受けます。レ・キャレルの畑は南向きです。私の中では、南向きの畑は男性的で東向きは女性的なイメージがあるのです。


Sur le Mont スー・ル・モンを3年前にSérénité (平穏)と表現した理由は、東向きの斜面は朝日を浴び、穏やかな朝の雰囲気がワインのインスピレーションになっていたからです。

けれど、3年経った今は、やんちゃな子というイメージで、Pas Bon(良くない子)と表現します。あの子はやんちゃで、言うことを聞かないけど、何だか妙に人を惹きつける魅力がある、そういう心証を与えるワインです。

私の子供の頃も両親にとってはPas Bonだったかもしれませんね。何か興味のあるものを見つけたら、すべてバラバラに分解していました。目覚ましや時計などは全部壊していました。16歳くらいのときに、ようやく組み立てられるようになって、壊さなくなりました。そう考えると、両親にとっては、やんちゃな子を通り越して、悪い子だったと思います。



ワインの変化、人の変化


テロワールと言われる変わらぬ本質というものは、とても重要だけれど、年々変わる年ごとの個性も否定してはいません。それは、人間にも同じことが言えるからです。この3年間で、私も私の考えも進化しました。変わることというのは、時に進化をもたらします。そういう点で言えば、リューディ・シリーズはこの先、もっと進化していくでしょう。


息子ギヨームがいずれ、私の跡を継ぐことになります。そして、ドメーヌ・ジャック・セロスは必ず変わっていくでしょう。私は私であり、彼は彼なのです。昔、テロワールやブドウのことを音楽に喩えたことを覚えていますか。同じ譜面、同じ楽器を選択したとしても、同じ音色は奏でられません。彼はこれからいくつもの経験をし、私と違う音を響かせる。それは、とても素晴らしいことだと思うのです。



引退後


3年か4年、もう少し先か、時期は決めていないけれど、ギヨームに全てを譲り、引退をしたら、ワインはしないと決めています。

今、興味があるのは石鹸です。シリアのアレッポ石鹸の作り方をお手本にシャンパーニュで石鹸を作りたいと思っています。

他にもやりたいことはあります。ブドウの種でビールを造ってみようかとも考えています。ブドウの種でオイルを作るのも良いと思っています。美容にも効果的だと思うし、料理に使うのも良いと思います。考え出したら、楽しくて仕方がないのです。

常に新しいアイデアを考え、実行をする。それが私の生きがいでもあり、退屈せず、楽しく生きるための運動とも言えます。



5人の醸造家たち


今回紹介した5人の醸造家たちは皆、素晴らしい造り手です。

私も含め、人もワインもキャラクターは全く違いますが、同じ泡のワインを造っています。そこに階級はなく、ただ個性が多様であるということだけです。

彼らのスパークリングと私のスパークリングを並べて味わうときは、イニシャルが良いと思います。このワインの印象は笑顔の心地良さで、愛想が良く安定した味わいになっています。私の他のワインたちは、性悪というか、少々性格がきつめですから。

試飲の順番ですが、私がトップバッターをつとめましょう。そして、北からシャンパーニュ、ブーブレ、モンルイ、ローヌと南へ試飲してみてはいかがですか。丁度、私のワインの名前も、イニシャル=最初の、初めの、皮切りのという意味を持っていますし(笑)



彼はどこに向かい、何をするのだろう。それは遠くない未来の話。

まるで宝石のような、テロワールの輝きを表現したように、これからも頭の中にある原石を磨き、私たちを魅了してくれるだろう。









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