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  • 執筆者の写真33.VIN

Domaine François Raveneau ドメーヌ・フランソワ・ラヴノー

更新日:2019年7月2日


ワイン取材の一番の醍醐味は、生産者と直に会い、時に作品とも呼ばれるワインを語らいながら共に堪能できることであろう。近年、ワインツーリズムが盛んになり、気軽に生産者の仕事場『蔵』へ訪問できる機会も増えてきた。それでも、世界中からワイン好きたちが押し寄せてきてしまうであろう有名生産者の門戸は、まだまだ開かれているとは言えない。


訪問のスタイルは各生産者によって若干の違いはあるものの、概ね生産者自らが、畑や醸造所を案内しながら話してくれたり、貯蔵カーブで試飲させてくれたりする。


瓶詰めされたワインを試飲することを『瓶試飲』、まだ樽に入ったものを試飲することを『樽試飲』と呼び、生産者によってどちらかであったり、両方させてくれたりだが、造り手自身から差し出されるワインはいつだって奥深い味わいがある。


この日は、午前中に『ドメーヌ・フランソワ・ラヴノー』、午後に『ドメーヌ・ヴァンサン・ドーヴィサ』とシャブリの二大巨匠を訪れるという贅沢なスケジュールである。しんと冷えたしらじら明けの頃、心を火打石にして、パリを出発した。


パリから南東に約180キロ。広大なブルゴーニュ地方の一角に広がるシャブリ。ブルゴーニュのワインはその土地の名前がワインの名前となるため、シャブリはワインの名前でもあり、町の名前でもあるのだ。


鍬(くわ)を振るう農夫をかたどった鉄の表札が『ドメーヌ・フランソワ・ラヴノー』の目印である。三代目当主『ジャン・マリー・ラヴノー』が待ち構えていたように威風堂々と出迎えてくれた。『職人』らしい威厳が、ほっそりとした彼の身体から発せられていた。


挨拶を交わした後も、言葉少なな印象のまま、2011年に作られた貯蔵カーブに案内してくれた。


地下のカーブに降りると、ワイン樽がひしめき合う様に積まれており、ほのかのワインの香りが漂っていた。試飲用のグラスが無造作に手渡され、大きなスポイトのような器具『ピペット』で樽から直にワインを吸い出し、グラスに注いでくれる。

「これは2008年から造り始めた、シャブリの2014年。以前は、プルミエ・クリュ(一級畑)とグラン・クリュ(特級畑)のみだったが、使っていない畑があったので、そこに苗木を植えたんだ」


ティスティングの際、普通に飲み干しても構わないが、大量のワインを試飲するため、酔いがまわらないよう、口に含み、味わいを確認した後、ピュっと吐き出すことも失礼にはあたらない。



「2015年は9月3日に収穫を早めたが、夏が暑く乾燥していたため、ブドウが凝縮し少しどっしりとした重みを感じるだろう。今試飲している2014年よりも酸味が少し足りないだろうな。収穫の2日前に雹の被害にあったので、収穫量が40%減の区画もある。2007年は8割の畑に雹が降ったんだ。天候だけはどうしようもない。おかげで2010年、12年、13年、15年はとても少ない生産量になってしまったよ」


カーブに置かれた全ての樽には、2014年のワインが入っており、彼が手掛ける全ての銘柄が静かに今か今かと出番を待っている。プルミエ・クリュの樽から、ワインを吸い出し注いでくれる。味わいの感想を語り合い、その年の天候や収穫情報を伝えられる。この時、情報をこと細かく話してくれる生産者もいるし、哲学的な話を聞かせてくれる生産者もいる。ジャン・マリー・ラヴノーは最初の印象通り、職人らしい無口さを保ちながら、時折笑みを浮かべてゆっくりと頷いてくれた。


「テロワールや味わいについては、人によって表現が違うが、今試飲しているプルミエ・クリュ・モンマンは1番甘く美しい。花畑のイメージだ。プルミエ・クリュ・フォレは少し野菜っぽく、よく言えば、苦味を含んだ清涼感がある。二つの畑は同じ斜面に位置していて、高度もほとんど同じだが、それぞれくっきりと違いがあらわれる」


ワインのことを語るとき、最も重要になるのが「天・地・人」である。気候や天候があり、長年の歳月をかけ、形成された土壌が育み、そして造り手がいる。


「シャブリの地層は、1億5200万年以上もの昔、ジュラ紀後期に構成された土壌で、キンメリジャンと言われ、粘土質と小石と砂が混ざった石灰質が交互に層を成している。その中に無数の小さな貝が交じり合っている。このプルミエ・クリュ・フォレなら、生牡蠣もあうだろうし、白身魚や鶏肉をシンプルに焼いて、軽めのソースとも良い。コンテやボフォールのチーズと合わせても素晴らしい。日本食となら、刺身や蒸しものがよく合いそうだ」


日本にも行ったことのあるジャン・マリーは日本食とワインの相性まで教えてくれた。ワインを介すことで、無口な職人も話を広げて語ってくれ、笑顔も多くなるからワインとは不思議である。


「なるほど、シャブリの本気を特集するのか。とても光栄なことだな。私のワインの半分以上はフランスで消費されていて、輸出は45%ほどだ。ありがたいことにほとんどの大きなレストランには置いてもらっていて、小さなお店でも少しずつではあるが取引をしている」


事実、彼のワインはシャブリで最高峰であり、有名レストランで白ワインのリストを見ればシャブリの欄には必ず、彼の名前が記されている。


「樽で熟成に耐えられるワインを造っているが、私は※ボワゼの香りは求めていない。ブドウが醸し出す自然の香りを尊重したい。樽は10年ほど使いこんだものが多い。長熟とよく言われるが、このワインの飲み頃は、思い切り若いうちか、10年か15年ほど寝かせたどちらかだと思う。瓶詰めしてすぐは非常にフルーティーに仕上がっていて、その時飲んでも十分美味しいし、熟成に伴う第二アロマが表面に感じられるようになるには、10年以上必要だから」


昨夜、取材の成功祈願で2005年の彼のワインを飲んだことを伝えると、満面の笑みで頷き、蜂蜜香が漂う第二アロマはフォアグラによく合うと教えてくれた。


「一級畑や特級畑のブドウの木は20年から50年、それ以上の年月の木から作られていて、私の持つ一番古い木は85年。先ほどのプルミエ・クリュ・ビュトーも、今試飲しているプルミエ・クリュ・ヴァイヨンも古い木を使っている。特徴はミネラルがストレートに伝わってくるところ。次のプルミエ・クリュ・モンテ・ド・トネールは火打石のようだとよく表現され、更にミネラルを感じる筈だ」


ジャン・マリーは家業に入る前に、シャンパーニュ地方、ブルゴーニュ地方コート・ドール、ボジョレ、コート・ド・プロヴァンスの4ヶ所で、ワイン醸造について勉強し、研修した経験を話してくれた。しかし、その生産方法をシャブリの醸造にあたって取り入れたことはないのだそうだ。


「私には息子が一人いて、一緒に働いている。姪も働いていて、いわゆる、家族経営だ。息子は既に仕事のやり方はわかっているから、私が教えることはワインの哲学。ワインはただ、飲むためのものであり、ジャーナリストには失礼な言い方で申し訳ないが、香りの説明をしたり、味の解釈を語ったりするものではない。『美味しい』という理由だけで、2本目をあけてしまうような、そんな飲み物だよ。知識や理屈ではなく、美味しく、心地良い飲み物であるべきだと教えている」


フランスワインの値段の上昇によって、ワインは飲み物から、読み物になりつつある。その現状に少し胸を痛める身としては、ワインの本質をズバリと言い切るこの職人を小気味好(こきみよ)いとさえ感じていた。


「グラン・クリュのワインを味わってくれ。これは、ブランショだ。特級畑も他の畑も仕事の方法やかける手間は変えていない。それでも味わいに違いは出る。次のヴァルミュールを飲むと、グラン・クリュにも違いを感じる筈だ。ブランショは繊細で、ヴァルミュールは骨格がしっかとした力強さを感じるだろう」


樽試飲の最後は、グラン・クリュ・レ・クロ。複雑な味わいであるが、非常にバランスのとれた印象を受けた。ジャン・マリー曰く、この畑は25年ほどの若い木と50年以上の古木の4つの区画から作られているからなのだそうだ。


畑に行く前に、彼は2本の瓶試飲をさせてくれた。2013年と2011年のプルミエ・クリュ・ビュトーである。樽で試飲するときは、やや未来の味わいを予想しながらになるが、瓶に詰められたこれらのワインはまさに完成品。そして、一度も外出することなく、厳(おごそ)かに彼の蔵で育てられている箱入り娘である。ドメーヌ・フランソワ・ラヴノーの本気を、否応なく脳に、身体に思い知らされた。


小高い丘を登り、お世辞にもなだらかとは言えない斜面からシャブリの町を背景に、シャブリの畑を覗き見る。最後に「ワイン造りは楽しいですか」と質問すると、彼はにかりと笑い「楽しいよ。仕事だけれどね。情熱と誇りを持って造っているよ」と静かな力強い口調で答えてくれた。風は肌寒いはずだが、ここだけ、ほっこり温かくなった。


 

※ボワゼは醸造で樽を使うことに由来する樽の香り。代表的なものに、ヴァニラやキャラメル、焦がした風味など。

 

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