フランスは、私達の生活を彩る多くの事柄において圧倒的な存在感を放ち続けている。伝統的でありながらも色褪せないその輝きは、何処からやってくるのだろうか。
1687年から続く老舗のシャンパーニュメゾン「TARLANT」(以下、タルラン)と、その12代目当主、ブノワ・タルランは、謎掛けのようなその問いに、ひとつの回答を導き出してくれた。
クラシカルなブドウ木
現在のフランス国内のブドウ木は、そのほとんどがアメリカ産のブドウ木に接木したものだということをご存知だろうか。1860年代、研究目的で輸入されたアメリカ産のブドウ木にフィロキセラ(日本名:ブドウネアブラムシ)という害虫が付着しており、瞬く間にフランス全土に広まってしまった。この害虫は、ブドウ木の根に被害を与え、そのほとんどを枯らしてしまったのである。そのため、ワイン生産地ではヨーロッパの枝を免疫力のあるアメリカ産のブドウ木に接木し、台木とする処置が施された。そんな空前絶後の被害の中、極僅かだが奇跡的に被害を受けなかったブドウ木があった。それは今もなお、ワインを生み出している。
タルランの“ La Vigne d’Antan ”というシャンパーニュは、その奇跡のブドウ木のみから収穫されたブドウで造り出されている。
「フィロキセラには2種類あり、空を飛ぶものと土の中に入り込みブドウの根を傷つけるものがあります。前者は深刻な被害を及ぼさないが、ヨーロッパ中のブドウを台無しにしたのは、運悪く後者だったのです。このブドウ木の畑は、丘の真ん中に位置し、くぼんだ地形をしています。砂が非常に細かいのが特徴で、その砂粒にフィロキセラは侵入を阻まれ、土の中に入っても自由に動き回れなかったのです。それが、我々が100%のシャルドネのブドウ木を持っている理由です」
このブドウ木はまさにテロワールによって生かされた証である。フランスの純潔な血統であるこのブドウ木には、味わいはもとより浪漫と伝統を感じてしまう。
「味わいは、ピラミッドのような形状です。はじめは雄大な広がりを感じ、最後に真っ直ぐと尖っていくイメージ。通常のブラン・ド・ブランも真っ直ぐなイメージはあるけれど、垂直方向でしかなく、少しニュアンスが違う。その微妙な違いに、特別なシャルドネを感じはずです」
新たなシャンパーニュ
シャンパーニュは主要なブドウ品種〈シャルドネ〉、〈ピノ・ノワール〉、〈ピノ・ムニエ〉の他にも〈ピノ・ブラン〉、〈アルバンヌ〉、〈プティ・メリエ〉、〈ピノ・グリ〉といった古代種のブドウを用いて造ることが原産地呼称統制法によって定められている。※
「BAM」は、2007年からブノワ氏が手掛け始めた古代種の3品種のみを用いた新たなシャンパーニュである。〈ピノ・ブラン〉のB、〈アルバンヌ〉のA、〈プティ・メリエ〉のMを取り、「BAM」と名付けられた。
「何故これらの品種が栽培されなくなったかには、理由があります。ブドウがたくさん実らないのです。シャルドネは、これらの品種に比べ3倍の実を付けます。質の良いブドウを一定の量作り出すことも難しく、私も初年度と3年目は収穫が全く出来なかったんです。でも始めない理由はない。ブドウさえ実れば、美味しいワインが出来ることを確信していたんですから」
他のシャンパーニュメゾンでもこれらの古代種を用いたシャンパーニュを造っているが、BAMに使用されている3品種だけのものは、タルランが最初だという。
「このシャンパーニュを初めて口に入れたとき、電気が走るような感覚だったんです。けれど、BAMは古代種とはいえ、始めたばかりのプロジェクトなので、畑もブドウ木もまだ新しい。樹齢が15年くらいのものだと、複雑性を表現するには若すぎるんです。若い木からは、複雑で熟成に耐えられるワインは造れません。それでも、このシャンパーニュは別世界に誘うような感覚と味わいを与えてくれるはずです」
クラシックとアヴァンギャルド
「私は伝統的なことは好きだけれど、保守的ではありません。タルランは伝統に守られ、繋げてゆく。私自身もその伝統によって培われました。それは、様々な広がりを生んでゆくのです。保守的ということは、閉ざしてゆくことで、人と違う考えを受け入れられなくなってしまいます。私はブノワ・タルランである以上、アヴァンギャルドな考えを持ちつつ、クラシックを愛さなければならない」
フランスという国の存在感は、彼らフランス人の思想と哲学によるものであろう。それこそがフランスのエスプリであり、どの時代、どの事柄においても人々を魅了し、憧れを抱かせる、この国の底力である。
※2010年11月の法改正により、〈フロモントー〉と〈アンフュメ〉は〈ピノ・グリ〉に統一され、ブドウは7品種となった。
フランス語原文・原産地呼称統制法
www.33vin.net/champagne_aoc.pdf
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