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  • 執筆者の写真33.VIN

Domaine Vincent Dauvissat ドメーヌ・ヴァンサン・ドーヴィサ



14世紀頃の中世ヨーロッパでは、音楽も絵画も、文学も、文化は全てキリストに捧げられるべきものであり、ワインもまたそのように珍重されていた。修道士たちは、その豊富な知識と技術を駆使して、ワイン畑を開墾し、美味なるワインを目指していった。そういう歴史的な背景を想うと、ワイン産地で有名な町や地区には、たいてい教会があることに得心(とくしん)がいく。ご多分に漏れず、このシャブリの町にも石造りの大きな教会がある。


これから取材に向かう『ドメーヌ・ヴァンサン・ドーヴィサ』、午前中に取材した『ドメーヌ・フランソワ・ラヴノー』のボトルラベルには、両方ともこの教会が大きく描かれている。


シャブリでワインを醸造しているドメーヌ(酒蔵)はおおよそ300軒あり、お隣同士、ご近所さんが酒蔵というように、小さな町中ドメーヌの看板で溢れている。親戚同士がお互いの酒蔵を営んでいるというのも珍しくない。今回のドーヴィサもラヴノーも二人の酒蔵は徒歩5分程度と非常に近く、更に両家は親戚関係にあるのだ。


『ドメーヌ・ヴァンサン・ドーヴィサ』は、その知名度から想像するような目立った看板は掲げられておらず、住所を頼りに辿り着いたものの、恐る恐るとベルを鳴らした。


出迎えてくれたのは、当主『ヴァンサン・ドーヴィサ』であった。スラリと背が高く、優雅な振る舞いの穏やかそうな白髪の紳士を前に、おのずと背筋が伸びた。


『やあ、よく来たね。どこから数えるかにもよるけれど、4代目当主のヴァンサン・ドーヴィサです。午前中はジャン・マリーのところに行ってきたのだったね。早速、私たちも美味しいワインを試しながら、取材をはじめましょう』


笑顔が似合い、話し方も穏やかなヴァンサンからは、威厳や力強さよりも、閃きをもたらす才能であったり、自信であったりが、満ち溢れていた。職人気質というよりむしろ、『プロフェッショナル』、そういう印象を受けた。


「2014年のワインは瓶詰めを控えていて、あまりワインを驚かせたくないので、樽試飲は避け、2013年の瓶試飲にさせて欲しい」


地下のカーブには、やはり酒樽がずらりと並べられ、手前に小さな椅子がちょこんと置かれていた。石畳状に築かれた天井に覆われた空気が、このカーブの歴史を色濃く漂わせていた。ヴァンサン曰く、このカーブは夏と冬で4℃くらい差があるようで、その温度変化がワイン醸造に丁度よく、まるでワインが少しまどろみ寝返りをうつ感じなのだそうだ。


「2015年は、雹が降った次の日の収穫だったので、ブドウの収穫量が半分になってしまいました」


話しながら、椅子に腰を掛け、持て余したように長い脚を組み、2013年のワインボトルを開栓する。彼が使うワイン・オープナーはとても風変わりで、二本の太めの針がただ取っ手の両端に付けられただけの形をしている。今まで数十人の生産者にお会いしているが、このオープナーでの抜栓をはじめて拝見する。


「2013年のプティ・シャブリです。少し変わった年で、まるで熱帯地方のように夜が蒸し暑く、青かったブドウが一夜にして紫色に完熟したのです。そのお陰で、酸味もしっかり残っていて、まるで厚みのある絹のような味わいになったのですよ」


確かに酸味が突出してしまうプティ・シャブリとは思えないほど、リッチで上品な味わいであった。続くシャブリもプルミエ・クリュ・セシェも同じように栓を開けていたが、まるで楽器でも奏でているような、艶のある仕草についつい魅入ってしまう。


「2002年には完全にビオディナミ農法を用いたワインを造っています。私の妻が18歳の時からビオディナミ農法を学んでいて、家庭菜園で試してみました。そうしたら、今までよりも野菜が生き生きとした味わいになったので、98年から挑戦し始め、毎年3ヘクタールずつ増やしていきました」


ビオディナミ農法とは、ビオの農法の一種で、英語ではバイオ・ダイナミックと呼ばれる。シュタイナー博士が考案した農法で、月の満ち欠けを尊重したり、独特の肥料を用いたりと神秘性の強い農法といわれている。取り入れる程度にはバラつきがあり、ヴァンサンも農法の一種と捉えているようである。


「私たち生産者は、テロワールを守り続けることが使命だと考えています。幸運にもシャブリの土地は唯一無二の素晴らしい土壌で、しっかりと畑を見ていれば、土は生き生きとし、植物は伸び伸びと育つ。繊細であるからこそ、何を欲し、何が不要かを、頃合いを見計らいながら、毎日考え、励まなくてはならないのです。哲学や思想は家族から十分受け継いでいますから、ビオディナミは一種の農法として取り入れているだけです」


素敵な仕草でプルミエ・クリュ・ヴァイヨンを開栓しながら、土壌の違いを語ってくれた。


「完熟し収穫量も多かった2013年のセシェは、ミネラルが例年よりも少し柔らかになっているんです。ヴァイヨンはフルーツのアロマが芳醇に感じられ、酸味とミネラルのバランスも素晴らしい。同じ丘に位置し、樹齢も同じ55年、セシェの畑は、土の下にすぐ貝と石灰の土壌になっていて、ヴァイヨンの畑は逆に、下までいかなければ海岩の層に辿り着かないのです。土壌が違うことで、毎年この二つは様々な違いで魅せてくれます」


プルミエ・クリュ・フォレを試飲しながら、午前中にフランソワ・ラヴノーの元で同畑のワインを試飲した時のマリアージュの話を思い出した。


「私は日本に行ったことがないので、日本食には詳しくないんです。シャブリ地方ではあまり生魚を食べないので、まずはシンプルに焼いた白身魚でしょう。熟成したワインであれば、クリームソースとも相性はいいですね。リードヴォーにも合うでしょう。最高のマリアージュとは言えないけれど、チーズのエポワスもワインの良さを消さずに楽しめますよ。牡蠣は火を入れたものならいいですが、生牡蠣は海の香りと塩気の対比が目立ち過ぎてしまいます。生牡蠣にシャブリという方が多いのだけれど、私は賛成しないね」


シャブリと生牡蠣と云えば、当たり前にマリアージュすると思っていただけに、これには驚きを隠せなかった。




「次はグラン・クリュ・プレウーズ。去年のクリスマスに1973年のプレウーズを妻と子ども達と一緒に飲みました。40年以上経たワインが煌くような生命力で溢れていたんです。凛とした美しい女性のようなワインで、まるで魔法に掛けられているような瞬間でした。マリアージュの話に戻るけれど、いつ、誰と、どのような場面で飲むか、そのタイミングこそが最も重要で、最高のマリアージュだと思いますよ」


最後にグラン・クリュ・レ・クロの2013年と2001年を振舞ってくれた。


「骨格もしっかりとしていて、まろやか。繊細でエレガントなワインだよ。私のワインは10~25年の熟成にも十分耐えられます。プティ・シャブリもコルクさえしっかりとしていれば、15年、20年、寝かせても大丈夫なほどです。あの時の73年とまではいかないけれど、この2001年もすでに蜂蜜香やトリュフ香に包まれ、蠱惑(こわく)的なワインへと変貌を続けている」


15年の歳月を静かに過ごしたワインの味わいは、まさにドメーヌ・ヴァンサン・ドーヴィサの本気を十二分に表現していた。そんな特別なワインを共に味わいつつ、当主とワインとのマリアージュを楽しんだ。ボトルラベルにビオやビオディナミの記載はしていないのかという問いに、これまた驚きの答えが返ってきた。


「自然派ワインだとか、ビオやビオディナミだとか、ラベルに書き入れるためのルールが面倒だからですよ。時間とお金を掛けて、さらに事務手続きまでしなければいけない。その分、畑仕事を優先します、土地を守ることと、美味しいワインを造ることが大切で、ワインの呼ばれ方には興味はないんです。美味しいワインと呼ばれれば、他は何でもいいんですよ」


カーブを出ると、シャブリの空がうっすら赤く色づいていた。昼下がり、恐る恐るベルを鳴らした門まで送ってもらう道すがら、ワインの勉強はどこでと質問をした。


「醸造学校には行ったけれど、学んだことはなかったよ。この場所で父に教わったことが全て。学校ではブドウも無しにワインを教えようとする。私はブドウと共に風の中で土に触れ、学ぶほうが良いと思いました。今でも畑、ブドウからたくさんのことを学んでいますよ。日本はおろか、パリにさえ行くことはありません。私はこの土地に生きる野の人であり、シャブリの醸造家ですから」


笑顔が素敵で、話も巧く、表現も美しい。自信に満ち溢れた典雅(てんが)な紳士の艶は、この土地の香りが育んだのだろう。

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