• 33.VIN

Thibault Liger-Belair



ブルゴーニュ地方の最南端


 南北300キロに広がる世界的な名産地ブルゴーニュ地方。ボジョレ地区は、世界に名立たるワインを生み出す「コート・ド・ニュイ」地区、「コート・ド・ボーヌ」地区からおよそ100キロ南下する。

 ボジョレワインにはグラン・クリュ(特級畑)やプルミエ・クリュ(一級畑)のような格付けはなされていないが、「クリュ・ボジョレ」「ボジョレ・ヴィラージュ」といったワインは、通常ボジョレより格上として扱われている。



ムーラン・ナ・ヴァン


 Moulin-à-vent(ムーラン・ナ・ヴァン)はボジョレ地区に10件ある「クリュ・ボジョレ」のひとつ。世界的に早飲みが良いとされてきたボジョレワインの中でも、長熟に耐えるワイン産地として一目置かれている。

 ムーラン(Moulin)とは、フランス語で風車という意味を持ち、名前の通り広大なワイン畑の中に威風堂々とした大きな風車が、畑を見守るように聳(そび)える。ちなみにパリのムーラン・ルージュ(赤い風車)は、真っ赤な風車が目印である。



リジェ・ベレール家


 フランス帝国の初代皇帝、ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)。そのナポレオンに将軍として仕えた「リジェ・ベレール」は、後に伯爵となり、フランスの名門家系「リジェ・ベレール家」を興した。

 その名門一族の末裔が、自らの意志でブルゴーニュワインの生産者となったというのだから、興味をそそられずにはいられなかった。



ティボー・リジェ・ベレール


 名門一家が所有する名立たるブドウ畑は、長年他人に貸出されていたのだが、ティボー・リジェ・ベレールは自身の手でワインを造ることを志す。現在彼は、ブルゴーニュの中心地「ニュイ・サン・ジョルジュ」に本拠を構え、「リシュブール」や「クロ・ヴージョ」、「ニュイ・サン・ジョルジュ・プルミエ・クリュ」などの錚々(そうそう)たるワインを手掛けている。



魅了


ティボーは2008年からボジョレにも畑を所有し、2009年が彼の手掛けるボジョレワインの初リリースとなった。彼はボジョレの土地にいつごろからか常に興味を持っていたと語る。

畑を持つ大きなきっかけを得たのは、1950年代、60年代のボジョレをワイン評論家たちと一緒に目隠しで試飲した時だと言う。

「口に含んだ瞬間、心底驚いた。まるで、ブルゴーニュのグラン・クリュ(特級畑)のような味わいなんだ。ボジョレのワインも綺麗に造ると、これほどの味わいを醸し出せると感じた途端、僕はこの土地に一気に魅了されてしまったんだ」



疑問


 そして頭に浮かんだのはひとつの疑問。こんなに素晴らしい味わいを造り出しているのに、どうしてボジョレワインの評価は低いのか。

「1905年~1911年当時のワインの価格表を調べてみたら、ボジョレのワインの値段は、ヴォーヌ・ロマネの価格と同じだったんだ。この1世紀の間に、一体何が起こったのかと調べずにはいられなかった」



ブルゴーニュとボジョレ


 1929年に起こった世界恐慌でフランス経済も大打撃を受け、フランスワインはどこの地方のものも全く売れなくなってしまう。樽の中にはたくさんのワインが残ってしまったのだ。

「ブルゴーニュはそれを打開するために、グラン・クリュ(特級畑)、プルミエ・クリュ(一級畑)という格付けを考案し、希少性やステータスを高める手法を取った。ボジョレは大量に残ってしまうワインをいち早く消費するため、南フランスでおこなわれた製法『マセラシオン・カルボニック』を取り入れ、貯蔵期間を短くし、売ることを優先したんだ」

 時に、ボジョレをブルゴーニュワインに含めないことがある。それは、おそらく世界恐慌を乗り切るためにとったこの手段の違いが根源にあるのではないだろうか。



光と影


 第二次世界大戦の後、小さなレストランやビストロが増え始める。ボジョレワインはパリでブームとなり、ボジョレの生産者たちはより大量に、より価格を抑えたワインを造り続けた。

「フレッシュでフルーティーな早飲みのワインとして、ボジョレは有名になっていき、ブルゴーニュは格付けをつくったことで、生産量を抑えても高品質なワインを造るようになっていったんだ。現在のボジョレとブルゴーニュの違いは歴然としている。ブルゴーニュ地方の中にあっても、忘れられているかのようなボジョレの土地。クリュ・ボジョレでさえ、その評価は低い」



子どものようなティボー


 リジェ・ベレール家は由緒正しいフランスの名家である。しかし、ティボーから名門にありがちな高慢さは微塵も感じない。あたたかく、人懐っこい笑顔で語りかけてくる。

 彼が所有するボジョレの畑は4つあり、すべての畑に連れていってくれた。彼は石を集めることが大好きで、畑の見学中にもお気に入りの石を見つける度に、解説をしては、その石をポケットに嬉々(きき)として忍ばせた。

「クリュ・ボジョレにはピンク色の砂と花崗岩(かこうがん)の土地が続いているんだ。この砂と花崗岩(かこうがん)をモチーフにして、僕はボジョレのキャプシュールをピンク色にしているんだよ。他にも黄色い石や水晶の混じった白い石なんかもある。それらの石が何層にもなった岩盤が地中に続いているんだ。鉄分の中にケイ素や水晶が入っていて、ベーコンのような形状をしている。この石はブルゴーニュにはないんだ」

 ティボーはまるで砂遊びをするかのように、砂を手にすくいあげ、両手でこすりおとしたりしながら、畑や土の解説をしてくれた。




ガメイとピノ・ノワール


 ボジョレの赤ワインはガメイといわれるブドウで造られる。ブルゴーニュはピノ・ノワールで赤ワインを造る。その違いを尋ねると、おもむろにブドウを房ごともぎ取った。

「ピノ・ノワールではこんなに簡単に房ごとは取れないんだよ。ガメイは房が柔らかく、ピノ・ノワールは少し硬めで繊維質なんだ。試してみたらわかるけれど、ピノ・ノワールはもぎ取るというよりは、ねじ切るという感じに近い。ガメイはピノ・ノワールとは親戚筋の近い品種で、丈夫でブドウが大きいのが特徴だね。綺麗に栽培すれば、繊細でいながら、タンニンもしっかりとし、余韻も長くなるよ。だけれど、ブドウの品種はそれほど重要ではないんだ。僕にとっての品種は、ただ土地の性格を引き出し、表現するものでしかないんだよ」

 ティボーが所有するすべての畑のブドウを食させてもらったが、畑ごとそれぞれに、全て味わいが異なり、言外(げんがい)の余情を感じずにはいられなかった。



樹齢


 彼が所有している畑のブドウ木はそのほとんどが60年以上を越すヴィエイユ・ヴィーニュ(古木)である。その中でも断トツに古く貴重な木があるのだと言う。

「ソントネールという畑は80歳になるブドウ栽培者が所有していたのだけど、彼は僕にこの畑を見せようとしなかったんだ。理由を聞くと『私が子供の頃から古木と言われているほどの老木ばかりで、全ての木を抜き取らなければいけないから、見る価値はない』と言い張った。半ば強引に畑を見に行ってみたら、驚いたよ。見るからに物凄く古い木が植えられていたんだ。樹齢は幹の節を数えていくとわかるのだけど、優に120歳を超えているんだ。興奮してすぐに市庁舎へ走り、調べてみたら、1870年から80年に植えられたブドウの木だったんだよ。フィロキセラの被害に遭わず、接木をしていない実生のままの樹齢140年の木がそのまま残っているんだ。奇跡だと、一瞬にして畑の購入を決めたよ」

 19世紀後半、ヨーロッパはフィロキセラという害虫によって、ブドウの木はほぼ壊滅的な状況に陥った。今、フランスにあるブドウの木は、そのほとんど全てがアメリカ産のブドウ木に接木をする形でしか残っていない。そう、このソントネールのブドウ木は純粋のフランス木で樹齢140年を超える偉大なる希少な老木なのである。



美しさ


 ティボーの畑はどこも雑草が茂り、ソントネールに至ってはブドウの木は列をなしてもおらず、所々歯抜けにさえなっている。

「僕は雑草を残すようにしているんだ。草がないということは人間で言えば裸同然なんだ。地表も人間の肌と一緒で、日焼けをし過ぎれば、傷んでしまう。土を柔らかくすると、雑草がすぐに生えてくるのだけど、土地が草を欲しているということなんだと思う。ブドウの木よりも土地に必要なことのために僕らは仕事をしている。ブドウの木に必要なものは土地が与えてくれるんだ。通常、古い木を抜き取って、新しい木を植えるけれど、僕はそうはしない。古い木の足を残し、その上に新しい苗木を植える。これは、古い木が先生のように新しい木に情報を伝える役割を果たしている。ソントネールだけは、新しい木は一本も植えていない。この特別な畑をありのままに、保護していきたいんだ。だから、ワイン畑として少々異様な光景と見る人もいるかとは思うが、美しさとはまっすぐに整然としているからではなく、もっと深い、いのちのみたいなところにこそ、本来の美しさがあると思っている」



5つのキュベ


 彼は5つの種類のクリュ・ボジョレを造っている。年代違いを含め8本のワインを用意してくれていた。

「少し冷やした14度がちょうど良く、飲む順番もムーラン・ナ・ヴァンの丘のから登るように順番に『レ・ルショー』、『ヴィエイユ・ヴィーニュ』、『ペレル』、『ラ・ロッシュ』、『ソントネール』と飲んでいくのが心地良いと思う」

 試飲する全てのワインが、畑で食べたブドウと同様にその味わいに明確な違いがあった。そして、今までに飲んだことがないボジョレの至高の味わいに舌鼓を打ち続けることとなった。

「僕はボジョレの有名な醸造方法である『マセラシオン・カルボニック』は一切使わない。醗酵(はっこう)には少なくとも3週間から1ヶ月半掛け、熟成、瓶詰めの時期も、他のボジョレの生産者に比べ1年以上遅くなる。素晴らしいワインを造るためには丁寧な仕事と時間が必要なんだ。それに、このムーラン・ナ・ヴァンの畑ひとつひとつが違った味わいを表わしたがっているのに、全部を混ぜ合わせ、ムーラン・ナ・ヴァンとして1本のワインにしてしまう生産者たちが不思議で仕方がない」

 彼の造りだす味わいは当然のこと、畑やワインに対する哲学も他のボジョレとは明らかな違いがあった。



ボジョレ・ヌーヴォー


 試飲をしながら、今まで以上に饒舌に語ってくれるティボーにボジョレ・ヌーヴォーに対しての本音を問いてみた。

「正直に言えば、無くなって欲しいと思う。最初に言ったけれど、ある時代には『マセラシオン・カルボニック』を用いた醸造方法は良いアイデアだったのだろうが、いつかはやめなければいけない事だと思う。ボジョレ・ヌーヴォーがきっかけで、ボジョレのワインの評判が良くなるとは微塵も思わない。このムーラン・ナ・ヴァンは80年代にボジョレ・ヌーヴォーの生産をやめる決断をした。クリュ・ボジョレもボジョレ・ヴィラージュも素晴らしいワインなのだから、それをより良くするために研鑽して、ヴォーヌ・ロマネと比肩したボジョレの原点に戻る必要があると思う」

 彼はブルゴーニュの生産者でボジョレにも畑を持っている。その彼がここまではっきりと答えてくれた心意気に頭が下がる。



熱視線


 近年、そのボジョレ・ヌーヴォーによって広がってしまった風潮が見直されつつあることも教えてくれた。ブルゴーニュの名立たる醸造家や、他の地方のヴィニュロン(ブドウ栽培者)がボジョレに熱視線を送っている。

「2008年にボジョレに畑を購入した時、友人やブルゴーニュの生産者には理解してもらえなかったんだ。ブルゴーニュにいくつものグラン・クリュやプルミエ・クリュを持ちながら、何故ボジョレなんかに畑を買うんだ?とね。でも最近は、そう言った本人たちが、ボジョレに畑を探している。他の地域からもボジョレの畑を購入したいと相談が来るようになってきたんだ」



ボジョレの格付け


 最後に面白い話を聞かせてもらった。現在彼はボジョレの生産者仲間とボジョレにブルゴーニュの格付けのような階級を作ろうとしている。

「ブルゴーニュにはヴィラージュ、プルミエ・クリュ、グラン・クリュという格付けがあり、畑や区画に階級が設けられているけど、ボジョレの中には明確な階級がない。10年後かもしれないし、それ以上かもしれないけれど、ボジョレの格付けを作ろうと働きかけているんだよ」




 リジェ・ベレール将軍が仕えたナポレオン1世は大のワイン好きだったと伝えられている。特にグラン・クリュ「シャンベルタン」は、遠征に持っていくほど愛飲していたようだ。

 もしナポレオンがここに現れたならば、将軍の末裔にあたるティボーの手掛けるボジョレの虜になるであろう。

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